龍が生み出す恵み 雲
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    雲1
    雲2
     空を見上げてみれば当たり前にある雲。自然界では一定の形ではありませんが、造形の場合はパターン化されて表現されることがほとんどです。形があるようでない雲は、型紙の中でどのように表現されてきたのでしょうか。
    chapter1

    縞に雲

    はじめの型紙は縞と雲の組み合わせです。この型紙はすべて突彫と呼ばれる刃先の鋭く整えられた彫刻刀を使用した技法によるものです。そして背景の縞は直線ではなく、揺らぎをあえて作っているようであり線の太さも均一ではありません。なんだか目が回りそうです。
     雲は、輪郭線が二重のようになっていて、内側は立涌文様をアレンジしたような形になっています。曲線も直線も非常に細い線で構成されているため、彫刻する職人の技量が必要とされたでしょう。そして、この型紙は全体に彫刻された部分が大きいため、型紙自体が壊れやすくなっています。そのため、糸入れをほどこして型紙を補強しています。 (「縞に雲」 KTS02313)
    chapter2

    雲に雨龍

    次の型紙は龍と雲の組み合わせです。この型紙も彫刻部分が多く、線が細いため補強用の糸入れがほどこされています。

     龍は雲を起こして雨を降らせることから、雲と龍の組み合わせは美術・工芸作品の中にもよく出てきます。この型紙の場合は雲と雨を起こすといわれている雨龍(あまりょう)が彫刻されています。円に収まるような形で表現され、猛々しい雰囲気は感じられません。また、雲も丸みを帯びた形が重ねるように表現されていて、次から次へとわき出てくるようです。 (「雲に雨龍」 KTS02004)
    chapter3

    雲に宝珠

    最後に紹介する型紙は、雲と宝珠、それを掴む龍の爪が彫刻されています。雲と龍の爪は錐彫と呼ばれる、彫刻刀の刃先が半円か円に整えられた道具を使って小さな孔を彫刻する技法によるものです。この技法は、刃先の径の違いにより、大きさの異なる孔を彫刻することができるため、一枚の型紙の中で使い分けられる場合があります。この型紙でも雲と龍の爪は小さい径の彫刻刀を使用し、背景は少し大きな径の彫刻刀を使用していることがわかります。
     宝珠を掴む龍に注目してみましょう。宝珠とはその名のとおり、たからの珠のことで、ここでは三爪の龍が掴んでいることがわかります。龍と宝珠の組み合わせや龍と宝珠を巡る動きは≪龍螺鈿盆≫など美術工芸品のなかにも見られます。龍の姿は表現されていませんが、宝珠と爪の形で龍と判断することができるくらい、この組み合わせは浸透していた様子がうかがえます。また、この型紙は三爪の龍ですが、古くから中国では五爪の龍は天子の象徴とされ、勝手に使うことはできませんでした。そのためか定かではありませんが、日本では三爪か四爪の龍で表現されることが多いようです。 (「雲に宝珠」 KTS06841)
    このほかにも雲と龍を組み合わせた型紙が多く見受けられ、かなり浸透していた様子がうかがえます。形のない雲と空想上の動物だからこそ、想像力豊かに広まったのかもしれません。
    【参考URL】
    国立博物館所蔵品統合検索システム
    https://colbase.nich.go.jp/?locale=ja
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    Designer's Inspiration(デザイナーズ インスピレーション)| キョーテック×立命館大学アート・リサーチセンター
    - 世界に誇る京の型紙デザイン -
     当社は約80年前 佐野意匠型紙店として京都で祖父佐野義男が創業しました。
     創業者は伊勢の津の出身で三重一中を卒業後、京都で親戚のきもの型紙屋で丁稚をしながら染織を学びました。ほどなく同地で型紙屋として独立し、日本の型紙の大半を生産していた郷里の伊勢の白子(現在の鈴鹿市白子)を仕入のために毎週行き来しながらデザイン提案のできる京都で最大手の型紙屋に成長します。型紙とデザインをこよなく愛し、その頃から蒐集してきた伊勢型紙の秀作がいまも本社の2階倉庫に1万8千点余り眠っています。

     時が経ち現在は使わなくなった型紙をこのまま朽ちさせるには忍びないと、地元 立命館大学の美術アーカイブ界権威の先生とコツコツとデジタル撮影をはじめ、7年越しでようやく今年日本一の検索可能な型紙デザインアーカイブが完成しました。創業者が望んだように日本の優れたきもの古典デザインを、日本のみならず世界のデザイナーに知っていただき少しでも活用いただければ、出身のきもの業界へも恩返しになるのではと考えています。
     現在当社は染織ときもの業界を卒業し、主業はインテリアと電気業界に移り住みましたが、温故知新でデザイン情報を発信するとともに自社の製品デザインにも展開してまいりたいと考えております。少しずつしではありますが、今後の展開に宜しくご期待くださいませ。

    旧屋号 佐野意匠型紙店 四代目代表(現 キョーテック)佐野聡伸
     Our company was founded as SANO Kimono dying stencil workshop more than 80 years ago by my grand -father in Kyoto. He was born at ISE, Mie Prefecture, then after graduated local college, he started to work at his uncle's the stencil workshop in Kyoto. Soon he built his own workshop, every week he went to buy the stencil from SHIROKO near his hometown, later his shop became No.1 major design pattern shop in Kyoto. He loved Kimono and its pattern stencils, and collected eagerly and kept more than 18000 stencils in our head-office storage yard still now.
     After long long time, we feel sorry the stencils are leave to decay, then make up our mind to digital photo reserving with RITUMEIKAN University, world famous recerch centre of art data preservation. It takes 7years to built web searchable data-base.
     Now we sincerely hope that not only Japan but also world designers make use of our stencil data, as a result we can repay our origin Kimono industry. This seems to be our founder's dream.
     However, now we lives away from kimono and fabric trade, we can give you useful design information,and also use ourself as our product design. We will go Slowly but steadily, so please keep your interest on us!

    4th representator of SANO KIMONO DESIGN STENCIL WORKSHOP(old name)
    Toshinobu Sano (now KYOTECH Co,.LTD.)
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