古くから親しまれる模様 菱
今月の型紙

    菱1
    菱2
       文様の一つである「菱」は、植物の菱の実のかたちから名付けられたといわれています。分類するとしたら植物文様にもなるのですね。四辺の長さが等しいため、「幾何学文様」という印象が強くありました。さて、菱文様は縄文土器にもみられる古くから親しまれてきた文様です。また、平安時代には公家装束の有職文様ともなり、衣服に加え、工芸作品にも数多く使われてきました。そのため、バリエーションも豊かでさまざまな名前が付けられた菱文様があります。
    chapter1

    菊に松皮菱

     たとえば、こちらの型紙の背景に使用されているのは「松皮菱」です。菱を縦に三つ繋げたようなかたちをしています。この型紙では、直線の太さや細さに変化をつけて松皮菱を構成しています。型紙を多く彫り抜いている箇所は白い松皮菱となり、彫り抜く箇所が少ない菱は型紙自体の焦げ茶がかった松皮菱になっています。また、菊の花も表現されていますが、花弁の曲線が細い線で見事に表現されていて、松皮菱の直線と菊の花の曲線が対照的です。こちらの型紙は、彫り抜いている箇所が多い上に細い線が多く使われているため、補強のための「糸入れ」が施されています。型紙のほかに細い糸がみえますが、それが糸入れされた絹糸です。

    「見立役者六歌仙 業平 梅幸」初代歌川豊国画(arcUP3730) 立命館ARC蔵
     ほかにも「業平菱」と呼ばれる菱の文様があります。これは六歌仙の一人である在原業平(825-880)の装束を描く際によく使われたことから名付けられたといわれています。こちらの役者見立絵(歌舞伎役者に見立てて描かれた浮世絵のこと)も大小の菱文様を並べたような業平菱が使用されています。菱文様とひとくちに言っても、このほかにもさまざまなバリエーションがあります。(KTS05331)
    chapter2

    梅と霰に菱

     菱文様は、かたちをアレンジしてさまざまに利用されています。こちらの型紙は、菱を構成する線が「麻の葉」と呼ばれる縦横斜めの直線により構成される文様になっています。また、菱の内部は梅の花と「錐彫」による小孔を密集させたデザインが交互に配置されています。小孔は、錐彫と呼ばれる技法により彫刻されています。しかし、それ以外は「突彫」と呼ばれる細い線や曲線を彫刻することを得意とする技法によるものと思われ絵ます。現在の型彫師は、一つの技法を極めることが一般的になっているので、複数の技法が一枚の型紙でみられることは古い型紙ならではといえるでしょう。(KTS03704)
    chapter3

    割り菱

     最後にご紹介する型紙は、一見すると菱が四つに等分されたやや大きな柄の型紙に見えるかもしれません。しかし、目を凝らしてみると菱の内部は「青海波」と呼ばれる半円が同心円状に連なった文様によって構成されています。こちらの型紙は錐彫のみで構成されていて、小孔が曲線に加えて直線もつくりだしています。小孔を彫刻する位置が少しでもずれてしまうと菱も青海波も崩れてしまうので、高い技術力に加えて研ぎ澄まされた集中力が必要とされた型紙です。近づけば近づくほど、息すら止めてしまいそうです。(KTS06932)
       四本の直線によって構成させる菱。型紙という制限された枠の中で、整えられた直線と曲線をうまく織り交ぜ美しいデザインが作りだされています。
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    Designer's Inspiration(デザイナーズ インスピレーション)| キョーテック×立命館大学アート・リサーチセンター
    - 世界に誇る京の型紙デザイン -
     当社は約80年前 佐野意匠型紙店として京都で祖父佐野義男が創業しました。
     創業者は伊勢の津の出身で三重一中を卒業後、京都で親戚のきもの型紙屋で丁稚をしながら染織を学びました。ほどなく同地で型紙屋として独立し、日本の型紙の大半を生産していた郷里の伊勢の白子(現在の鈴鹿市白子)を仕入のために毎週行き来しながらデザイン提案のできる京都で最大手の型紙屋に成長します。型紙とデザインをこよなく愛し、その頃から蒐集してきた伊勢型紙の秀作がいまも本社の2階倉庫に1万8千点余り眠っています。

     時が経ち現在は使わなくなった型紙をこのまま朽ちさせるには忍びないと、地元 立命館大学の美術アーカイブ界権威の先生とコツコツとデジタル撮影をはじめ、7年越しでようやく今年日本一の検索可能な型紙デザインアーカイブが完成しました。創業者が望んだように日本の優れたきもの古典デザインを、日本のみならず世界のデザイナーに知っていただき少しでも活用いただければ、出身のきもの業界へも恩返しになるのではと考えています。
     現在当社は染織ときもの業界を卒業し、主業はインテリアと電気業界に移り住みましたが、温故知新でデザイン情報を発信するとともに自社の製品デザインにも展開してまいりたいと考えております。少しずつしではありますが、今後の展開に宜しくご期待くださいませ。

    旧屋号 佐野意匠型紙店 四代目代表(現 キョーテック)佐野聡伸
     Our company was founded as SANO Kimono dying stencil workshop more than 80 years ago by my grand -father in Kyoto. He was born at ISE, Mie Prefecture, then after graduated local college, he started to work at his uncle's the stencil workshop in Kyoto. Soon he built his own workshop, every week he went to buy the stencil from SHIROKO near his hometown, later his shop became No.1 major design pattern shop in Kyoto. He loved Kimono and its pattern stencils, and collected eagerly and kept more than 18000 stencils in our head-office storage yard still now.
     After long long time, we feel sorry the stencils are leave to decay, then make up our mind to digital photo reserving with RITUMEIKAN University, world famous recerch centre of art data preservation. It takes 7years to built web searchable data-base.
     Now we sincerely hope that not only Japan but also world designers make use of our stencil data, as a result we can repay our origin Kimono industry. This seems to be our founder's dream.
     However, now we lives away from kimono and fabric trade, we can give you useful design information,and also use ourself as our product design. We will go Slowly but steadily, so please keep your interest on us!

    4th representator of SANO KIMONO DESIGN STENCIL WORKSHOP(old name)
    Toshinobu Sano (now KYOTECH Co,.LTD.)
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