日本文化に根付く鳥 燕
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今月の型紙

    燕1
    燕2
     暖かくなると軒先に燕が巣を作る光景は、最近あまり見かけなくなったかもしれませんが、季節の移り変わりを感じる機会ではないでしょうか。燕は、古くは8世紀後半に成立した『万葉集』にもすでに詠まれていて、日本文化に広く根付いている鳥です。 燕は、江戸時代に制作されたきものにもモチーフとして登場したり(『柳に燕模様小袖』遠山記念館蔵)、歌舞伎の衣裳にも使用されたりしています。
    三代豊国画「名古屋山三」安政二年(1855)
    shiUY0248白樺文庫蔵


    それでは、続いて染色の型紙に燕がどのように表現されているのか、キョーテックコレクションから見ていきたいと思います。キョーテックコレクションには、燕がモチーフとして使用される型紙を現在までに18,000枚中20枚確認しています。

    chapter1

    燕に枝垂れ桜

     こちらの型紙は、燕と枝垂れ桜がモチーフになっています。枝垂れ桜の間を縫うように燕が飛んでいます。この型紙の内、桜の花と枝は「道具彫り」と呼ばれる刃の形がさまざまに調整された彫刻刀によるもので、そのほかは「突き彫り」と呼ばれる鋭く尖った彫刻刀によるものと思われます。特に、燕と桜の葉は絞り文様に見えるよう彫刻されています。本来、絞り染めは布を糸で括って染色されますが、型紙彫刻を工夫することにより「絞り染め風」に表現することができます。
    chapter2

    燕に枝垂れ桜破れ七宝

     続くこちらの型紙は、燕と桜、破れ七宝がモチーフになっていて、燕の羽が一枚一枚彫刻されています。この型紙の中でも注目すべきは破れ七宝の表現方法でしょう。七宝文様の輪郭は複数の直線を重ねることにより表現されていて、染色されると絣織風に見えます。直線は上下に少しずつずれていて、その「ずれ」が絣織風に見せてくれます。絣織は本来、糸を先染めして織り上げる技法ですが、絣織文様の風合いを真似て型紙で表現しています。染と織、同時に表現することの難しい技法を彫刻の工夫で同時に存在させているのです。
    chapter3

    燕に立涌文様

    最後にご紹介する型紙は、雨と燕をモチーフにした型紙でしょうか、あるいは立涌文様の中に燕を配置したのでしょうか。燕は輪郭のみが曲線により構成されています。こちらの型紙は、上記で紹介した役者絵の衣裳に描かれた「濡れ燕」と同じモチーフだとすると、雨粒も直線ではなく曲線や楕円に似た形で表現されていて、かなり趣が異なります。また、燕も他の型紙と比べると曲線により表現されているからか、緩やかに飛んでいる印象を受けます。 こちらの型紙は燕の輪郭を彫り抜いていますが、その他の部分はあまり地紙を彫り抜いていません。そうすることにより、燕がより際立ったデザインになっています。しかし、型紙を大きく彫り抜くと染色の際に型紙の破れやずれの可能性も高くなるため、こちらの型紙は絹糸により補強をする「糸入れ」が施されています。
    いくつかの型紙を比較してみると、直線や曲線の使い方、彫刻技法の工夫により燕のスピード感が変わっているかのように見えます。実に多種多様な表現が可能となっていることが型紙から伝わってきます。
    【参考URL】
    ARC浮世絵検索閲覧システムhttp://www.dh-jac.net/db/nishikie/
    遠山記念館ホームページ「日本染織コレクション」https://www.e-kinenkan.com/collection/c5.html
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    Designer's Inspiration(デザイナーズ インスピレーション)| キョーテック×立命館大学アート・リサーチセンター
    - 世界に誇る京の型紙デザイン -
     当社は約80年前 佐野意匠型紙店として京都で祖父佐野義男が創業しました。
     創業者は伊勢の津の出身で三重一中を卒業後、京都で親戚のきもの型紙屋で丁稚をしながら染織を学びました。ほどなく同地で型紙屋として独立し、日本の型紙の大半を生産していた郷里の伊勢の白子(現在の鈴鹿市白子)を仕入のために毎週行き来しながらデザイン提案のできる京都で最大手の型紙屋に成長します。型紙とデザインをこよなく愛し、その頃から蒐集してきた伊勢型紙の秀作がいまも本社の2階倉庫に1万8千点余り眠っています。

     時が経ち現在は使わなくなった型紙をこのまま朽ちさせるには忍びないと、地元 立命館大学の美術アーカイブ界権威の先生とコツコツとデジタル撮影をはじめ、7年越しでようやく今年日本一の検索可能な型紙デザインアーカイブが完成しました。創業者が望んだように日本の優れたきもの古典デザインを、日本のみならず世界のデザイナーに知っていただき少しでも活用いただければ、出身のきもの業界へも恩返しになるのではと考えています。
     現在当社は染織ときもの業界を卒業し、主業はインテリアと電気業界に移り住みましたが、温故知新でデザイン情報を発信するとともに自社の製品デザインにも展開してまいりたいと考えております。少しずつしではありますが、今後の展開に宜しくご期待くださいませ。

    旧屋号 佐野意匠型紙店 四代目代表(現 キョーテック)佐野聡伸
     Our company was founded as SANO Kimono dying stencil workshop more than 80 years ago by my grand -father in Kyoto. He was born at ISE, Mie Prefecture, then after graduated local college, he started to work at his uncle's the stencil workshop in Kyoto. Soon he built his own workshop, every week he went to buy the stencil from SHIROKO near his hometown, later his shop became No.1 major design pattern shop in Kyoto. He loved Kimono and its pattern stencils, and collected eagerly and kept more than 18000 stencils in our head-office storage yard still now.
     After long long time, we feel sorry the stencils are leave to decay, then make up our mind to digital photo reserving with RITUMEIKAN University, world famous recerch centre of art data preservation. It takes 7years to built web searchable data-base.
     Now we sincerely hope that not only Japan but also world designers make use of our stencil data, as a result we can repay our origin Kimono industry. This seems to be our founder's dream.
     However, now we lives away from kimono and fabric trade, we can give you useful design information,and also use ourself as our product design. We will go Slowly but steadily, so please keep your interest on us!

    4th representator of SANO KIMONO DESIGN STENCIL WORKSHOP(old name)
    Toshinobu Sano (now KYOTECH Co,.LTD.)
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