無限のバリエーション 格子
今月の型紙

    格子1
    格子2
     「格子文様」とは、縦横の筋によって構成される文様のことで、格子縞とも呼ばれました。線が交差した文様ですが、筋の太さや密度、配置の方法によってさまざまなデザインがつくられています。特に江戸時代には歌舞伎の人気から歌舞伎役者を冠した格子のデザインが広まっています。

    「近江小藤太成友 尾上菊五郎」 初代歌川国貞
    立命館ARC(arcUP0201)
    たとえば、歌舞伎役者の尾上菊五郎の名前にちなんだ「菊五郎格子」があります。「菊五郎格子」は四本と五本の筋の組み合わせの間に「キ」「呂」の文字が配されています。こちらの役者絵を見ると、袖に菊五郎格子が確認できます。このようなデザインが生まれるのは、人気役者ならではといえるでしょう。格子は、さまざまなバリエーションが生まれて人々の間に浸透し、スタンダードなデザインでした。そのため、キョーテックコレクションの型紙にも格子を含む型紙が430枚程確認できます。
    chapter1

    蝙蝠に三筋格子

     型紙の中にも歌舞伎と関連するデザインがあります。こちらの型紙は、三筋の格子と蝙蝠が配されています。こちらの型紙は、「突彫」と呼ばれる鋭い刃先を地紙にあてて彫り進める技法によるものです。格子の線と蝙蝠の曲線が非常に対照的ですが、同じ技法によって彫刻されています。(KTS10493)
    三筋の格子は別名「団十郎格子」とも呼ばれ、蝙蝠もまた市川団十郎にちなむデザインであり、この型紙からは歌舞伎役者の市川団十郎が連想できます。このほかにも市川団十郎の定紋である三升紋と蝙蝠を配した型紙がキョーテックコレクションにあり、以前紹介しました(2015年3月の解説に使用「蝙蝠に三升」)。歌舞伎とデザインそして型紙との繋がりがよくわかる例です。
    chapter2

    格子に隅切

     次に紹介する型紙は、三筋が斜めに交差して菱形をつくり、隅切文様が割り付けてあります。見事な直線の構成とゆがみの少なさに型彫り職人の技術の高さが垣間見えます。さらに、この型紙は筋の交差する箇所にそれぞれ小孔を四つ彫刻しています。これは「錐彫」と呼ばれる半円形の彫刻刀を地紙にあて、半回転させることで小孔を彫刻する技法によるものでしょう。
    こちらの型紙は地紙がほとんど彫刻されているので、制作には非常に手間と根気が必要です。デザインを創造し、それを形に仕上げるまでにどれほどの時間を要したのかと想像すると気が遠くなります。(KTS00054)
    chapter3

    井桁に格子

     最後に紹介する型紙は、井桁と斜めの格子が組み合わせになったデザインです。格子を構成する直線の内部は、間隔の非常に狭い横線で構成されています。さらに格子の内部は、細かな正方形が敷き詰められるように構成されています。遠目からでは井桁と格子が際立ちますが、よく目をこらしてみると、格子の直線や内部にまで型彫師の技術がふんだんに盛り込まれています。一つのデザインで、近くからと遠くからの二度楽しむことができたのではないでしょうか。(KTS00310)
    格子は直線の交差により構成される単純なデザインですが、単純だからこそ工夫の余地があり、職人の腕の見せ所なのかもしれませんね。
    【参考URL】
    立命館大学アート・リサーチセンター所蔵・寄託品浮世絵データベース
    http://www.dh-jac.net/db/nishikie/search.php?enter=default
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    Designer's Inspiration(デザイナーズ インスピレーション)| キョーテック×立命館大学アート・リサーチセンター
    - 世界に誇る京の型紙デザイン -
     当社は約80年前 佐野意匠型紙店として京都で祖父佐野義男が創業しました。
     創業者は伊勢の津の出身で三重一中を卒業後、京都で親戚のきもの型紙屋で丁稚をしながら染織を学びました。ほどなく同地で型紙屋として独立し、日本の型紙の大半を生産していた郷里の伊勢の白子(現在の鈴鹿市白子)を仕入のために毎週行き来しながらデザイン提案のできる京都で最大手の型紙屋に成長します。型紙とデザインをこよなく愛し、その頃から蒐集してきた伊勢型紙の秀作がいまも本社の2階倉庫に1万8千点余り眠っています。

     時が経ち現在は使わなくなった型紙をこのまま朽ちさせるには忍びないと、地元 立命館大学の美術アーカイブ界権威の先生とコツコツとデジタル撮影をはじめ、7年越しでようやく今年日本一の検索可能な型紙デザインアーカイブが完成しました。創業者が望んだように日本の優れたきもの古典デザインを、日本のみならず世界のデザイナーに知っていただき少しでも活用いただければ、出身のきもの業界へも恩返しになるのではと考えています。
     現在当社は染織ときもの業界を卒業し、主業はインテリアと電気業界に移り住みましたが、温故知新でデザイン情報を発信するとともに自社の製品デザインにも展開してまいりたいと考えております。少しずつしではありますが、今後の展開に宜しくご期待くださいませ。

    旧屋号 佐野意匠型紙店 四代目代表(現 キョーテック)佐野聡伸
     Our company was founded as SANO Kimono dying stencil workshop more than 80 years ago by my grand -father in Kyoto. He was born at ISE, Mie Prefecture, then after graduated local college, he started to work at his uncle's the stencil workshop in Kyoto. Soon he built his own workshop, every week he went to buy the stencil from SHIROKO near his hometown, later his shop became No.1 major design pattern shop in Kyoto. He loved Kimono and its pattern stencils, and collected eagerly and kept more than 18000 stencils in our head-office storage yard still now.
     After long long time, we feel sorry the stencils are leave to decay, then make up our mind to digital photo reserving with RITUMEIKAN University, world famous recerch centre of art data preservation. It takes 7years to built web searchable data-base.
     Now we sincerely hope that not only Japan but also world designers make use of our stencil data, as a result we can repay our origin Kimono industry. This seems to be our founder's dream.
     However, now we lives away from kimono and fabric trade, we can give you useful design information,and also use ourself as our product design. We will go Slowly but steadily, so please keep your interest on us!

    4th representator of SANO KIMONO DESIGN STENCIL WORKSHOP(old name)
    Toshinobu Sano (now KYOTECH Co,.LTD.)
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