文化を作る果実
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    瓢箪1
    瓢箪2
     瓢箪はウリ科の植物で、果実は中央がくびれた形をしています。成熟すると果実の皮が固くなることから、容器や装飾品として用いられてきました。また、豊臣秀吉が千成瓢箪を馬印としていたことも知られ、家紋や装飾にも使われてきました。
     おもに布地を染めるために使われた型紙にも瓢箪はよく使われていたようで、キョーテックコレクションにも瓢箪が表現された型紙は80枚ほど確認できました。その中からご紹介しながら、どのように瓢箪が型紙の中でも親しまれてきたのかみていきたいと思います。


    chapter1

    瓢箪に麻の葉

     はじめにご紹介する型紙は、瓢箪が型紙全体に散らされていて、その内部を飾るのは麻の葉文様です。この型紙は、「錐彫」と呼ばれる小さな円形を彫刻する技法によるもので、円を連続して彫刻することにより、直線や曲線を自由に表現することができます。
     麻の葉文様はその名の通り、麻の葉を象っていて、縦横斜めの直線によって構成されています。そのため、瓢箪の輪郭の曲線と非常に対照的で、型紙のデザインにメリハリをつけています。また、瓢箪の外側は何も彫刻されていませんので、瓢箪の内側とはこちらも対照的になっています。
    chapter2

    瓢箪に蝙蝠

     次にご紹介する型紙は、瓢箪、蝙蝠、梅の花が配されています。この型紙は、「突彫」と呼ばれる、鋭く薄く研がれた彫刻刀を使って彫刻されています。錐彫と比べると太さや細さを調節することができるので、絵画的な表現が得意な技法といわれます。

     さてこの型紙、よくみるとある歌舞伎役者が連想できるデザインになっています。瓢箪の内部にある三筋の格子、瓢箪、蝙蝠は市川団十郎に因んだモチーフになっています。このような役者にちなんだモチーフは江戸時代に出版された役者絵にも確認できます。大きく染め抜かれた松皮菱の中や暖簾に瓢箪が描かれていたり、きものの裾には三筋格子が描かれています。役者絵と型紙はそれぞれ異なる用途で扱われますが、デザインという観点から共通性がみえると面白いですね。

    chapter3

    瓢箪

     最後にご紹介する型紙は、型紙全体に瓢箪と蔓、葉が配されています。すべて突彫によって彫刻されています。瓢箪の内部は地紙を彫り抜いていますが、そのほかは地紙を残しているので、瓢箪が際立ちます。また、背景に彫刻されている縦と斜めの直線も瓢箪の曲線とは対照的で、メリハリがあります。背景の直線も定規をひいたような直線ではなく、手で彫刻する「揺らぎ」があるので、全体的に優しい印象を与えてくれるのではないでしょうか。
     瓢箪がデザインに使われた型紙をみていると、直線と曲線をうまく組み合わせたものが多いように感じられました。瓢箪の曲線的なかたち。そのかたちがさまざまなデザインを引き寄せてくれるのかもしれませんね。
    【参考URL】
    ARAC所蔵・寄託品・浮世絵データベース
    http://www.dh-jac.net/db/nishikie/search.php?enter=default
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    Designer's Inspiration(デザイナーズ インスピレーション)| キョーテック×立命館大学アート・リサーチセンター
    - 世界に誇る京の型紙デザイン -
     当社は約80年前 佐野意匠型紙店として京都で祖父佐野義男が創業しました。
     創業者は伊勢の津の出身で三重一中を卒業後、京都で親戚のきもの型紙屋で丁稚をしながら染織を学びました。ほどなく同地で型紙屋として独立し、日本の型紙の大半を生産していた郷里の伊勢の白子(現在の鈴鹿市白子)を仕入のために毎週行き来しながらデザイン提案のできる京都で最大手の型紙屋に成長します。型紙とデザインをこよなく愛し、その頃から蒐集してきた伊勢型紙の秀作がいまも本社の2階倉庫に1万8千点余り眠っています。

     時が経ち現在は使わなくなった型紙をこのまま朽ちさせるには忍びないと、地元 立命館大学の美術アーカイブ界権威の先生とコツコツとデジタル撮影をはじめ、7年越しでようやく今年日本一の検索可能な型紙デザインアーカイブが完成しました。創業者が望んだように日本の優れたきもの古典デザインを、日本のみならず世界のデザイナーに知っていただき少しでも活用いただければ、出身のきもの業界へも恩返しになるのではと考えています。
     現在当社は染織ときもの業界を卒業し、主業はインテリアと電気業界に移り住みましたが、温故知新でデザイン情報を発信するとともに自社の製品デザインにも展開してまいりたいと考えております。少しずつしではありますが、今後の展開に宜しくご期待くださいませ。

    旧屋号 佐野意匠型紙店 四代目代表(現 キョーテック)佐野聡伸
     Our company was founded as SANO Kimono dying stencil workshop more than 80 years ago by my grand -father in Kyoto. He was born at ISE, Mie Prefecture, then after graduated local college, he started to work at his uncle's the stencil workshop in Kyoto. Soon he built his own workshop, every week he went to buy the stencil from SHIROKO near his hometown, later his shop became No.1 major design pattern shop in Kyoto. He loved Kimono and its pattern stencils, and collected eagerly and kept more than 18000 stencils in our head-office storage yard still now.
     After long long time, we feel sorry the stencils are leave to decay, then make up our mind to digital photo reserving with RITUMEIKAN University, world famous recerch centre of art data preservation. It takes 7years to built web searchable data-base.
     Now we sincerely hope that not only Japan but also world designers make use of our stencil data, as a result we can repay our origin Kimono industry. This seems to be our founder's dream.
     However, now we lives away from kimono and fabric trade, we can give you useful design information,and also use ourself as our product design. We will go Slowly but steadily, so please keep your interest on us!

    4th representator of SANO KIMONO DESIGN STENCIL WORKSHOP(old name)
    Toshinobu Sano (now KYOTECH Co,.LTD.)
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