精緻な円、絶妙なバランス 鮫小紋
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    鮫小紋1
    鮫小紋2
     「小紋三役」と呼ばれた「鮫」「通し」「行儀」は文様の細かさを競い、とくに江戸時代の武士の裃に用いられたといわれています。浮世絵にも武士の裃がたびたび描かれます。
    三代目豊国画「大星由良之助」 1862年(文久二)arcUP1729立命館ARC蔵
     こちらの浮世絵は、型紙よりも厚くて固い板木を使用しているにも関わらず、かなり精緻な文様を表現しています。こうした絵画資料からも裃に使用された文様の様子が感じられるのではないでしょうか。今回は、小紋三役の中でも鮫小紋についてご紹介したいと思います。株式会社キョーテックコレクションは約18,000枚の型紙が所蔵されていますが、鮫小紋の型紙は現在、52枚を確認しています。
    chapter1

    イ印の鮫

    まず、彫刻技法についてご紹介したいと思います。「鮫」をはじめとした「通し」、「行儀」はすべて「錐彫」(きりぼり)という技法により型紙へ彫刻されます。錐彫とは、型紙彫刻の中でも古い技法の一つといわれ、半円形の刃先の彫刻刀を型地紙に直角に立て、回転させることにより精緻な円を彫刻していきます。精緻な円を型紙の中でどのように配置するかにより、様々な文様を表現していくことが可能になるのです。なかでも鮫小紋とは、粒が弧を描くように並ぶ文様を指していますが、円の密度や弧の描き方によっていくつか種類があります。
    鮫小紋 こちらの型紙は、遠目からでは全く文様がわかりませんが、拡大してみると、精緻な円を並べながら緩やかな弧を描いています。型紙の右上には「イ」の印があり「イ印の鮫」とも呼ばれる種類であることがわかります。(KTS04787)
    chapter2

    さ印の鮫

      鮫小紋こちらの型紙も一見すると先ほどの型紙と全く同じように見えますが、型紙の右上には「さ」の印があり、「さ印の鮫」と呼ばれます。先ほどの鮫小紋と比べると弧の角度や円の並び方が微妙に異なっていることがわかります。型紙の右上に印を持つ鮫小紋の型紙はこの他にもあり、「又」「丁字」「星」などが確認でき、鮫小紋にはさまざまな種類が存在していることがよくわかります。
     非常に精緻な文様のため、近づいて見なければ違いがわかりませんが、近づくからこそ見える「違い」が美意識の顕れだったのではないでしょうか。(KTS06498)
    chapter3

    蚕に鮫小紋

     最後に紹介する型紙は、鮫小紋と別のモチーフを組み合わせたものです。数は多くありませんが、背景を鮫小紋にしてモチーフを配置した型紙も数枚確認しています。
     こちらの型紙は、背景を鮫小紋に蚕と繭が配されています。繭と蚕は、突彫によるものと推定され、二種類の彫刻技法を組み合わせた型紙です。絹を生産するために必要不可欠な昆虫であることから、このようなデザインが創案されたのでしょうか。絹の原材料である蚕そのものを布地のデザインとして採用してしまおうという遊び心がうかがえるとともに、蚕が現代以上に身近であったことを物語ってくれている気もします。
     鮫小紋は、型紙全体に精緻な円が配置されますが、絶妙なバランスは型彫師の技術の高さによるものです。同じパターンを彫刻していく作業は、想像するだけで気が遠くなりますが、ほどよい「揺れ」加減は手仕事が成せる業ともいえ、鮫小紋の型紙をじっと眺めながらちょっとした違いを探してみるのも楽しいかもしれません。
    【参考文献】
    『日本の美術 12』No.343 染の型紙 至文堂 1994
    『週刊 人間国宝41』工芸技術 染織8 朝日新聞社 2007
    『江戸小紋と型紙』渋谷区立松濤美術館 1999

    【参考URL】
    立命館大学ARC 浮世絵検索閲覧システム
    http://www.dh-jac.net/db/nishikie/search.php?enter=default
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    Designer's Inspiration(デザイナーズ インスピレーション)| キョーテック×立命館大学アート・リサーチセンター
    - 世界に誇る京の型紙デザイン -
     当社は約80年前 佐野意匠型紙店として京都で祖父佐野義男が創業しました。
     創業者は伊勢の津の出身で三重一中を卒業後、京都で親戚のきもの型紙屋で丁稚をしながら染織を学びました。ほどなく同地で型紙屋として独立し、日本の型紙の大半を生産していた郷里の伊勢の白子(現在の鈴鹿市白子)を仕入のために毎週行き来しながらデザイン提案のできる京都で最大手の型紙屋に成長します。型紙とデザインをこよなく愛し、その頃から蒐集してきた伊勢型紙の秀作がいまも本社の2階倉庫に1万8千点余り眠っています。

     時が経ち現在は使わなくなった型紙をこのまま朽ちさせるには忍びないと、地元 立命館大学の美術アーカイブ界権威の先生とコツコツとデジタル撮影をはじめ、7年越しでようやく今年日本一の検索可能な型紙デザインアーカイブが完成しました。創業者が望んだように日本の優れたきもの古典デザインを、日本のみならず世界のデザイナーに知っていただき少しでも活用いただければ、出身のきもの業界へも恩返しになるのではと考えています。
     現在当社は染織ときもの業界を卒業し、主業はインテリアと電気業界に移り住みましたが、温故知新でデザイン情報を発信するとともに自社の製品デザインにも展開してまいりたいと考えております。少しずつしではありますが、今後の展開に宜しくご期待くださいませ。

    旧屋号 佐野意匠型紙店 四代目代表(現 キョーテック)佐野聡伸
     Our company was founded as SANO Kimono dying stencil workshop more than 80 years ago by my grand -father in Kyoto. He was born at ISE, Mie Prefecture, then after graduated local college, he started to work at his uncle's the stencil workshop in Kyoto. Soon he built his own workshop, every week he went to buy the stencil from SHIROKO near his hometown, later his shop became No.1 major design pattern shop in Kyoto. He loved Kimono and its pattern stencils, and collected eagerly and kept more than 18000 stencils in our head-office storage yard still now.
     After long long time, we feel sorry the stencils are leave to decay, then make up our mind to digital photo reserving with RITUMEIKAN University, world famous recerch centre of art data preservation. It takes 7years to built web searchable data-base.
     Now we sincerely hope that not only Japan but also world designers make use of our stencil data, as a result we can repay our origin Kimono industry. This seems to be our founder's dream.
     However, now we lives away from kimono and fabric trade, we can give you useful design information,and also use ourself as our product design. We will go Slowly but steadily, so please keep your interest on us!

    4th representator of SANO KIMONO DESIGN STENCIL WORKSHOP(old name)
    Toshinobu Sano (now KYOTECH Co,.LTD.)
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