無限のアレンジ 鶴亀
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    鶴亀1
    鶴亀2
     「鶴は千年 亀は万年」として知られるように、鶴と亀は寿命が長いことから吉祥性のある動物として尊ばれ、さまざまな装飾に用いられてきました。古くは平安時代の『栄花物語』に鶴亀松竹の文様が登場し、美術工芸作品にも数多く登場します。

     染色に使用された型紙にも鶴と亀はしばしば用いられています。キョーテックコレクションを探索してみると、現在までに鶴と亀が共に用いられる型紙は24枚、鶴のみは114枚、亀甲文様を含むものは340枚(亀のみは42枚)確認できています。やはり鶴と亀は文様として親しまれてきたことが数の上からもよくわかります。それでは、鶴と亀の型紙を一部ご紹介したいと思います。
    chapter1

    鶴亀に松梅

    こちらの型紙は、折鶴に亀、松や梅、霞が表現され、めでたいデザインになっています。鶴と亀の輪郭線の幅は一定ではありません。それがかえって「手描き」の様にも、かわいらしくも見え、視覚的な効果を狙って彫刻されたと思われます。また、こちらの型紙は文様が崩れてしまわぬよう絹糸を使った「糸入れ」が施され、補強されていることもわかります。(KTS01168)
    chapter2

    鶴に亀甲

     次の型紙は、鶴と亀甲文様があしらわれています。六角形の文様は、亀の甲羅に似ていることから「亀甲文様」とも呼ばれ、亀を置き換えた文様としてもしばしば使用されます。亀甲文様は、六角形の幾何学文様でもあり、亀も表現するという二つの顔を持っているかのような文様です。
     こちらの型紙の鶴は、輪郭線がはっきりと表現されているわけではないのですが、羽根が非常に細かく彫刻されていて鶴が羽ばたく様子をはっきり伝えていますし、亀甲文様も輪郭線はありませんが、長さの異なる細い直線を平行にならべることで亀甲文様を構成しています。(KTS05037)
    chapter3

    青海波に亀

     こちらの型紙は青海波文様の間に亀がひょっこり登場し、さまざまな方向に向いています。おそらく「突彫」(つきぼり) と呼ばれる先端が尖った非常に薄い小刀を上下に動かしながら彫り進める技法によるものです。等間隔に表現された波や手足や甲羅まで細かく彫刻された様子から型彫師の研ぎ澄まされた技術がうかがえます。デザインとしてもとてもかわいらしく、高い技術とデザインが融合した型紙と言えるのではないでしょうか。(KTS03082)
    chapter4

    亀に寿字

     最後にご紹介するのは「錐彫」(きりぼり)による型紙です。錐彫は、半円形の彫刻刀を使い、小孔を彫刻していく技法で、小孔が連なることによりさまざまな文様を表現することができます。こちらの型紙は一見すると、どのような文様が彫刻されているか細かすぎてわからないのではないでしょうか。よく目を凝らしてみると、「亀」の形と「寿」という漢字が見えてきませんか。それぞれいろいろな方向を向いているので、見つけにくいのですが、見つけてみると「なぞなぞ」を解いた時のようなすっきりした気持ちにもなります。
     限られた面積の中に複数の文様を敷き詰めていくことは非常に難しく、均等に文様を散らしていかないと染めたときに反物全体のバランスが悪くなってしまうそうです。細かな文様を彫刻する技術も必要ですが、完成形を見通して彫刻を進めていく力も必要とされる型紙です。(KTS07047)
    鶴と亀は古くから知られる吉祥文様ですが、型彫師の技術やデザインに対する遊び心が加えられることによって、無限とも思えるアレンジが型紙の中に表現されています。
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    Designer's Inspiration(デザイナーズ インスピレーション)| キョーテック×立命館大学アート・リサーチセンター
    - 世界に誇る京の型紙デザイン -
     当社は約80年前 佐野意匠型紙店として京都で祖父佐野義男が創業しました。
     創業者は伊勢の津の出身で三重一中を卒業後、京都で親戚のきもの型紙屋で丁稚をしながら染織を学びました。ほどなく同地で型紙屋として独立し、日本の型紙の大半を生産していた郷里の伊勢の白子(現在の鈴鹿市白子)を仕入のために毎週行き来しながらデザイン提案のできる京都で最大手の型紙屋に成長します。型紙とデザインをこよなく愛し、その頃から蒐集してきた伊勢型紙の秀作がいまも本社の2階倉庫に1万8千点余り眠っています。

     時が経ち現在は使わなくなった型紙をこのまま朽ちさせるには忍びないと、地元 立命館大学の美術アーカイブ界権威の先生とコツコツとデジタル撮影をはじめ、7年越しでようやく今年日本一の検索可能な型紙デザインアーカイブが完成しました。創業者が望んだように日本の優れたきもの古典デザインを、日本のみならず世界のデザイナーに知っていただき少しでも活用いただければ、出身のきもの業界へも恩返しになるのではと考えています。
     現在当社は染織ときもの業界を卒業し、主業はインテリアと電気業界に移り住みましたが、温故知新でデザイン情報を発信するとともに自社の製品デザインにも展開してまいりたいと考えております。少しずつしではありますが、今後の展開に宜しくご期待くださいませ。

    旧屋号 佐野意匠型紙店 四代目代表(現 キョーテック)佐野聡伸
     Our company was founded as SANO Kimono dying stencil workshop more than 80 years ago by my grand -father in Kyoto. He was born at ISE, Mie Prefecture, then after graduated local college, he started to work at his uncle's the stencil workshop in Kyoto. Soon he built his own workshop, every week he went to buy the stencil from SHIROKO near his hometown, later his shop became No.1 major design pattern shop in Kyoto. He loved Kimono and its pattern stencils, and collected eagerly and kept more than 18000 stencils in our head-office storage yard still now.
     After long long time, we feel sorry the stencils are leave to decay, then make up our mind to digital photo reserving with RITUMEIKAN University, world famous recerch centre of art data preservation. It takes 7years to built web searchable data-base.
     Now we sincerely hope that not only Japan but also world designers make use of our stencil data, as a result we can repay our origin Kimono industry. This seems to be our founder's dream.
     However, now we lives away from kimono and fabric trade, we can give you useful design information,and also use ourself as our product design. We will go Slowly but steadily, so please keep your interest on us!

    4th representator of SANO KIMONO DESIGN STENCIL WORKSHOP(old name)
    Toshinobu Sano (now KYOTECH Co,.LTD.)
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